|
十 は暗い海に浮かぶ一つの光源を目に映した。自分が何をしたいかなんてそんなことはよく解らない。体の動くままに感情の一欠片も見せず夜の道を彷徨うこと、それはもうの日課といっても過言ではなかった。 は地元でも有名な少女だった。地元といってもしがない漁師町だが、その漁師町一美しい瞳を持ち、そしてその奥に闇を潜めていると言われていた。その闇は生まれたときから決められた期限の中を生きていく上で、自然と彼女に身についたものであった。そしてそれは多くの住人に恐怖を抱かせる対象でもあった。 まるでその奥には宇宙が広がっていて、だけれどもその宇宙には星など無く、唯、冷たい雫が伝うだけのような、そんな瞳だった。 コツン、とに近寄る足音がした。 民宿のおばさんかもしれない。彼女は町で唯一の私の理解者だ。否、もしかしたら隣の家の人かもしれない。彼等は私を酷く嫌っているし、また目に向かって石を投げられたり、カッターを使って脅してくるかもしれない。まあ、誰が来ようと一緒だけれど。理解はしていても、信頼してくれる人などこの町に一人として、いないのだから。「えと、誰?」若い、男性の声だ。この町には若い男性なんてあまり居ない。と言うか若い人は皆東京に出ている。誰?なんてこっちの台詞だ。 「お前こそ誰だ?」低い声を意識して唸るように絞り出す。足音のほうを振り向いたの感情を映さない目に映ったのは苦笑いを浮かべる、田舎が居あいそうな男の子だった。 日 「栄口、ゆう、と?」がぎこちなくそう言えば、栄口はゆっくりと微笑んで、の髪の毛を撫でた。「こういう字で書くんだよ」と言いながら宙に指を躍らせる栄口は、何処と無く楽しげでもあった。 は数日前出会った栄口にすっかり馴染んでいた。栄口は毎日、初めて出会った浜辺へ遊びに来てはと何気ない会話をし、ニッコリ笑った後どこかへ去って行ってしまう。何処へ行くのかは分からなかったが、はそこまで詮索する気は無かったし、唯一緒に居てくれるだけでよかった。自分の命が尽きるまでの話し相手ができた。ただそれだけだ。 「栄口は、ここに何しに来たんだ?」そう問うと、栄口はいつも寂しそうな顔をした。だけれどそのあと「家の事情」と笑って言うから、栄口が言うならそうなんだろうと納得してしまう。栄口には、きっと、きっと不思議な力があるんだ。人を信じられない私を信じさせてくれる、そんな力。 不意に栄口がの掌に自分の掌を重ねた。 温かくて、不思議な感覚だ。あれ?最後に人の手を繋いだのは何時だっただろうか? の目の中に映る太陽は海の中に身体を半分浸からせて、心地よいと言わんばかりに光を放っている。太陽は一日に一回、こうして心地よい海の中に浸かれるのだから羨ましい。は砂浜に添えた手にぎゅっと力を込めた。 間 誰だったかこんな歌を謡っていた気がする。戻れない、もう戻れない。そうだ、私は産まれたことすら罪なのだから、罪を犯していない自分に戻ることなど無理なのだ。そういったら栄口は痛々しい視線を送ってきた。その視線が世界で1番嫌いだった。今まで誰にそうされても平気な振りをしていたのに、栄口に言われたらカーッとなった。よく分からないが、感情と言うものが生まれた気がする。 の目には何も無い宇宙など何処にも存在しないような、暖かな温もりに満ちた太陽の色が咲いていた。そしてその太陽は沈んでいるようにも見えた。広がる夜の海に病的なまでに白い足を浸し、ずんずんと進んでいく。栄口が触れた掌だけが、夜の海の寒さと風邪の痛さを感じている。そう、栄口が触った手だけが生きているかのように痛みと苦しみでしくしくしているようだった。 本当に、一体、私はどうしてしまったんだろうか。栄口が来てから何かがおかしくなった。私に感情があったか?私に体温はあったか?私に、私には、もう栄口と一緒に居るなんて耐えられない。 水の中にずんずんと足を進めた。それは丁度水が胸の高さまできていて、手だけが熱帯夜の海の冷たさに痛みを訴えていた時。コホン、と腹の奥から咳と一緒に熱いものがこみ上げてきて思わず手を口に当てた。 「ゴホッゴホゴホ、っ――――」口からは夥しい量の血が溢れ出し、当てていた手を真っ赤に染めた。それは熱帯夜に溶け込み、まるで自分の手がなくなってしまったかのような錯覚をに覚えさせた。不意に体全身に海の冷たさを感じて、気が遠くなっていった。「 」誰だか分からない声がした。そうそう。昔そんな名前で呼ばれてた気がする。あれ?私をそんな風に呼んだのは誰だったけ? の どこだったが忘れたが、(というか興味がなかったんだろう)白い天井が広がっていた。しょっちゅう通っている病院と認識するまでに少し時間がかかり、はとうとう精神科にでも連れてこられたのかと、自嘲気味に笑った。まあそろそろ死期も近いしな。 ベットからむくっと起き上がると、栄口が怒ったような顔でこちらを見ていた。「おはよう栄口」半分作り笑いのマンメンノエミを浮かべ、脳内では更に自嘲する。 「おはようじゃない!なんで夜中にあんな所に!」栄口はに詰め寄り、涙を目に浮かべ問い詰めてきた。「死にたいから」それ以外に何があるの?とでも言いたげに、は邪気満々で答えた。(あ、べつに栄口に危害を加えたりとかそんなつもりは無い)栄口は苦虫を潰したみたいに苦しそうな表情でを見つめている。その表情はどんどんに近づき、最終的に栄口はベットに座るを抱きしめることになった。「 、俺の事忘れちゃった?」忘れたも何も無いだろう。出会ったのはほんの9日前だ。流石のわたしでも覚えているよと、壱仔は唸るように呟いた。「ちゃん、」そう言われた瞬間血が潮の様に引いていくのを感じた。「ゆーと、くん」フラッシュバックしていくように全てが脳内に叩き込まれた。 何歳だかはもう覚えていなかったが、あの日は雲が空を多いつくし、太陽は空に浮かんでいないかのように思えた。 向こうの方からは、同い年か、もしくは年下のガキんちょどもの声が響いている。まあ私もなかなか小さかったはずだし、それなりに遊びたかったはずだ。でも、この歳から迫害は受けていたし、一緒に遊んでくれなんて言ったらダーツの的にされるのが落ちだ。と認識していた私は、うずうずしながらも、病院のベットから外を覗いていた。 すると、窓の外からこちらを覗いている奴がいた。「ちょっと、そこどきなさいよ」男の子は、 がそういうと首をかしげて「何で?」と笑った。「だってそとがみえないじゃない」 はその笑顔に気圧されて俯いた。「なまえなんていうの?俺はゆーと」ゆーとは不思議な男のこだった。当時病院の外に出れなかった私に声をかけ、じゃあ中で遊ぼう!と言って毎日絵本やら室内用のダーツやらを持って来てくれるのだった。 けど、ゆーとくんが来て10日目の夜「ちゃんまたこんどあそびにくるね」と言っていつものように帰っていたのに、ゆーとくんは次の日から遊びに来てはくれなくなった。 夏 「苗字にちゃんづけして、あのときのゆーとはおかしかったな」くすりと笑った。物凄く久しぶりな気がするゆーとの手の体温が、昔繋いだ手を思い起こさせる。「し、仕方ないだろ、だってあの時苗字が名前だと思ってたんだし」語尾がもごもごと口ごもってよく聞き取れなかったが、言い訳しているのは痛いほど伝わってくる。 あれからどれほど長くゆーとに抱きしめられていたのかは覚えていないが、今丁度空が白くなってきているから、あの日と同じ。ゆーとが居なくなった10日目だ。はそっと瞳を閉じた。この10日間で何か大切なものを手に入れた気がした。 最後の最後に手に入れたのは、希望か絶望か、それとも悲しみか。よく分からないがゆーとにもう一度聞いてみることにした。「ゆーとは、ここに何しに来たんだ?」少し驚いたような顔をしてから「ほんとはわかってるんでしょ」と照れたように言った。分からないから聞くんだろ?まあそりゃそうだねと言わせるような説得文句(誘導尋問)を並べると、ゆーとは諦めたように笑った。「ちゃんに会いに来るため、だよ」あーお腹痛い!と苦笑いしながら恥ずかしさをはぐらかしているのが見え見えだと言ってやった。「ゆーと、」大好き。そう言えたか言えなかったかそんなこともう覚えていないが、力なくベットに崩れていく身体に逆らうことなどできず、は重い瞼を閉じた。 「最後に、ゆーと、に、会えて、よか、た」 もうそれすら言ったか言っていないかよく分からなかったけれど、悔しいから言えたことにしておこう。さようならゆーとくん。会いにきてくれてありがとう。 十日間の夏 私は貴方と会った計20日間で感情を知りました。 070929 365!企画提出。今回はなんか、あれ?10日間、だよ…ね?あ、あれ?ってなりましたね!凝縮しすぎました |